記事のアーカイブ

秋葉社祭

こんにちは(#^.^#)今日は金櫻神社で秋葉社祭が行われました。 金櫻神社では毎年12月18日に執り行われている祭事です。...秋葉神社は、全国にありますが、祠は火伏せの神であるため燃えにくい石の祠で作られています。この秋葉社は階段下の池の所にあります。 鳥居があり、秋葉社は向かって右側の祠になります。 真ん中が稲荷社、左が水神社となっています。これからの季節、空気も乾燥しますので、皆様も火の元には十分気をつけてお過ごし下さいませ。

年越大袚

大祓いの準備が整いました。 拝殿前に大祓い人形(ひとがた)が置いてあります。 「人形(ひとがた)」に、氏名と生年月日を書き、さらにその人形で身体を撫でて息を吹きかけ、自分の罪穢を移しわが身の代わりに清めてもらいます。 管理人も次回取材に行った際に行わさせて頂き、新たな気持ちで新年を迎えたいと思っています(#^.^#)※大祓とは、6月と12月の晦日に行われる、「祓え」の神事です。 6月の大祓を「夏越(なごし)の大祓」(あるいは名越)、12月の大祓を「年越しの大祓」と呼んだりします。今回ご紹介するのは「年越大袚祭」です。  心身に付着した罪穢れを祓い落とす大切な神事となります。

初宮参り

本日晴天ではありますが風が吹く中、初宮参りのご参拝にお越し頂きましたご家族の方々のお写真を撮らさせて頂きました(*^_^*) 誠におめでとうございます。 お子様の健やかなるご成長と、ご家族の皆様のご多幸・ご健勝をお祈り申しあげます。※本日お越し頂きましたご参拝者の方へ金櫻神社のFacebookにメッセージまたはコメントを残して頂ければ画像をお送りさせて頂きます。管理人より

鎮火祭と神送りの儀

こんにちは。 昨日ご案内させて頂いた「鎮火祭と神送りの儀」が執り行われました。 氏子の方々、崇敬会の方、消防団の方等が参加されました。 青竹で囲まれた神域の中に用意された籠の中で点火と鎮火の儀式も行われ、その後天狗山山頂へ消防団の方と氏子さんが神輿を担ぎ神送りへと出発しました。 管理人は今回2度目の参加です。 昨年は山まで行く予定では無かったので、登山の服装ではありませんでしたが今日はしっかり登山靴で登ってきましたよ。 神社からは徒歩30分~40分ほどで山頂へたどり着きます。 普段使われていない山道は、落ち葉が多く皆さんかなり足を滑らせていました。...

「鎮火祭と神送りの儀」準備

こんにちは(#^.^#)今日は過ごしやすい気温でしたね。先日の雪が嘘みたいです。さて、明日は「鎮火祭と神送りの儀」です。その準備で氏子さんたちが神輿を作りました。毎年ちょっと形が違っています...。手作りの良さ(^^;)ちなみに、神輿は青竹二本を利用して担ぎ棒を作っています。今年の神輿は昨年よりもしっかりとした感じに仕上がっていました。明日も晴れるといいな♪※「鎮火祭と神送りの儀」は午前10時より執り行われます。

昇龍と降龍

今日は昇龍と降龍を色々な角度から撮影してきました。 本殿の塗り替え作業も終わり、綺麗になったのを喜んでいるかのようですね(#^.^#)

雪の金櫻神社

こんばんは(#^.^#)今日は予報通り雪が降った金櫻神社です。境内も本殿もみんな雪がかぶりました。雪の様子を撮影に来られた方もいらっしゃったそうです。明日は晴れの予報ですが、紅葉はもう終わりかな?

金櫻神社の虫切の鈴

今日復活した虫切の鈴を拝見させて頂きました。虫切の鈴は昔から「子供の寝ている部屋に吊るしたり、腰に吊るしたりして鈴が割れると疳の虫が治る(切れる)と云われ喜ばれたそうです」で写真を撮影させ頂いていると・・・割れてる・・・あ・・・もしかして私が割った?私の疳の虫が治まったんじゃない?と神社の方々に言われました(^^:)結構気が短い私なので、これでちょっと性格が変わると良いな~と思いました(#^.^#)

今日の七五三

こんばんは(#^.^#)今日は午前中雨でしたね。でも午後になり晴れ間見えた昇仙峡です。紅葉もまだ綺麗でしたよ。神社までの道のりで見える紅葉が綺麗だったので嬉しかったです。さて、本日は多くの七五三のお子様が神社にご参拝にお越し頂きました。その中で、偶然ですが知り合いの知り合い・・・つまり私の同級生を知ってる後輩(かなり下ですが)が5歳の七五三に来てくれました。お姉ちゃんの時も来てくれたそうです。もちろん図々しく写真を撮らさせて頂いた管理人です。撮影にご協力頂きありがとうございました。お子様の健やかなるご成長と、ご家族の皆様のご多幸・ご健勝をお祈り申しあげます。※撮影にご協力頂きましたご家族の方の

虫切の鈴

金櫻神社の虫切の鈴が復活したそうです。今日画像を送っていただいたので、UPさせて頂きますね。管理人はまだ見ていないので、今後取材に行くのが楽しみですよ(#^.^#)虫切鈴の由来武田信玄公の弟信繁は幼少の時癇の虫強く母の信虎夫人は深くこれを憂い、この鈴に願をこめて武田氏代々崇敬の厚い金桜神社に祈願しました。即ちたちどころに癇の虫おさまりその後信繁はりっぱに成長して武田氏二十四将の雄として活躍し川中島の合戦に兄信玄公の身代わりとして美事な討死を遂げました以来四百余年金桜神社において虫切厄除の鈴として授興しておりますなおこの虫切鈴は日本三土鈴の一つとして全国にその名を知られています金櫻神社 旧案内看